ひねもすのたりの日常&時々非日常

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進化論

ワタクシはほとんどテレビを見ない。

ただ・・・最近は家に居ることが多いので昔よりはTVのスイッチを入れる事は多くなったかも。それでも、ドラマの類は見ない。もっぱらニュースかドキュメンタリーものである。

かの、イヌ、いやNHKにはしっかり受信料を掠め取られていて、この殿様商売の会社は好きではないのだけれど、民放とは違ってカネの心配が無いこともあってそこそこ面白い番組を作ってくれるのである。

先日放送していた、オスペいやNスペ「生命大躍進」。こういう番組大好き人間。

ワタクシたち人間が脊椎動物として体を動かしモノを見て聞いて喋ることが出来るようになった、と云うのは、この地球の進化の過程でかなり奇跡に近いことなのだそうです。

特に動物が「目」を獲得したあたりのおハナシは面白い。なんでも、植物の光合成をする遺伝子(光を感じるDNA)が動物に取り込まれて「目」を獲得したのだそうで。

その「目」も最初は明暗を区別出来る程度のちゃちいモノだったのだが、ある時、親の遺伝子と同じ量をもつ精子と卵子が誕生して結合、倍の遺伝子を持ったことで複雑な器官を形成することが出来るようになり、より高度な現在の目を獲得したのだそうな。

因みに、フツーの精子と卵子の遺伝子は、それぞれ親から0.5ずつだそうで、受精して1となって親と同じ量の遺伝子を持つのだそうであります。

まぁ、確かに動物は目があってこそ繁栄出来たわけで、1の遺伝子をを持った精子と卵子が生まれる確立とそれらが互いに出会う確立はまさに奇跡。それからン億年の時を経てワタクシら人間がいるのでありますぞよ。有難や有難や・・・。

蛇足:「ありがとう」とは「有難う」と書くのでありますが、これは仏教用語らしくて「有り難し」すなわち「存在することが難しい」との意味なのだそうで。平たく云うと、己がこの世に存在していることは、目の遺伝子と同じように奇跡のようなもの、と云う程度の意味なのです。(この話どっかで書いたな)

親の居ない子供は居ない訳だけれども、もしお母さんが違う男性と結婚していたら自分が生まれていたと云う保証はないわけで、更にお婆ちゃんが違う爺ちゃんと結婚したり、小さいときに亡くなっていたりすると、お母さんの存在も難しいわけで、自分が生まれてきたと云うのは限りなく奇跡に近いことなのだそうであります。

お題とはぜんっ、ぜんっカンケーないのですが・・・。

ワタクシは男ばかりの四人兄弟の末っ子でして。別に珍しくもないんだけど。
ワタクシが生まれる以前に、長兄と次兄の下に女の子が生まれたのだけれども、3歳くらいで病没するんですわ。そこでもう一人生まれるんだけれどもそれも男。やっぱり女の子が欲しかったんでしょうか、もう一人生まれるんだけれどもそれも男(ワタクシ)。

お袋に聞いたところ、元々子供を四人も作る予定なんぞなくて、女の子が生きていたら子供は三人で良かったとのこと・・・と云う事は三兄とワタクシは姉が生きていたらこの世に存在しなかった、と云う事になるのです。ワタクシらは姉から命を頂戴したとも云えるのですね。有難や有難や・・・。

ところで、NHKの番組では、原始的な目を持ったヒモ見たいな脊椎動物がン億年も掛かってワタクシら人間に進化したのである、と云っておりましたけど・・・。

進化とはことほど左様に気の遠くなるような時間を必要とするらしいのだけれども、ン億年掛かってサルになった脊椎動物がわずか数百万年(進化の時間軸では、ほんとにほんのわずか)でヒトに進化しているのであるが、これって早過ぎない?

さきほどの目の遺伝子のところで、倍の遺伝子を持つことで複雑な器官を形成出来た、と云うのが正しいとしたら、人類のこの早すぎる進化は、遺伝子に大きく関係しているとは云えないだろうか。

実は進化論の提唱者であるダーウィンも、この人間の早すぎる進化を説明していないのですね。

人間の進化は間違いなく遺伝子操作です。

誰がそれをしたのか?決まってるじゃないですか、エンジニアです。

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by go_st_andrews | 2015-05-12 22:10 | 独り言

ゴルフの聖地St.Andrewsでプレーするのを夢見るぐうたら人間のブログ


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